経営お役立ちコラム

2024.03.22 【労務】

始業時間前の着替え時間や移動時間も「労働時間」に該当し、時間外手当などの支払いを検討するべきでしょうか。

弁護士 藤原 慎一郎

Q、
弊社では、製造業を営んでおります。始業時間から工場で作業してもらうために、始業の15分前の出社を義務付けて、始業時間までに作業服を着て安全保護具を付けて工場に移動させています。しかし、最近、社員の1人から「着替えや移動の時間も給与の計算の際に考慮してほしい」と言われました。社員の指摘の通り、時間外手当などが発生するのでしょうか。
A、
本事例では、会社が始業15分前に出社させたうえで、社員に「作業服・安全保護具の着用」や「更衣室から工場への移動」を義務付けています。これらの行為が工場作業のために必要な行為である場合には労基法上の「労働時間」に該当し、時間外手当などの賃金が発生します。

解説

  1. 始業開始前や終業後の時間帯において、着替えや特定の場所への移動などの時間が「労働時間」に当たると、時間外手当などの賃金が発生することになります。
    では、どのような場合に着替えなどが「労働時間」(=労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間)に該当するのかですが、裁判例では、概ね、次の観点で労働時間性の有無が判断されています。
    1. ①職務遂行に必要な行為で職務と同視できるか。
    2. ②それらの活動が労働者に義務付けられているか。
  2. 本事例のように、業務の性質上、作業服及び安全保護具の着用と工場での作業が求められる場合、個別具体的な事情によりますが、「作業服・安全保護具の着用」や「更衣室から工場への移動」について①の要件を満たすと考えられます。また、本事例では、会社側が始業15分前に出社させた上で社員に着替えや工場への移動を義務付けていたことから、②も満たします。したがって、これらの行為の時間は「労働時間」に該当し、時間外手当などの賃金が発生します。 また、もし終業時間後の「工場から更衣室への移動」と「作業服・安全保護具の脱離」も会社側が義務付けている場合、その時間も「労働時間」に該当する可能性があります。
  3. 他方で、始業開始前に、着替えや朝礼、日報作成、電話応対などを行っていたとしても、これらを会社側が社員に義務付けておらず、社員の任意で行われたものである場合には「労働時間」に該当しません。
  4. 始業開始前や終業後の行為のほかには、以下のような類型について「労働時間」該当性が問題になりやすいので、ご注意ください。この場合も基本的には上記①②の判断基準にあてはめて考えることになります。
    ①手待ち時間 店員が客を待つ待機時間など。一定の場所で顧客を待ち、来客時にすぐに対応することを義務付けられている場合は原則労働時間に該当。
    ②仮眠時間 警備員が、仮眠室での待機と警報等に直ちに対応することを義務付けられていたとして、労働時間に該当すると判断した裁判例あり。
    ③出張の移動 自ら出張先まで自動車で運転した事案や物品の搬送自体が出張目的であった事案で、労働時間性を肯定した裁判例あり。ただし「通勤時間」は、職務と同視できず、原則として労働時間性は否定。
    ④持ち帰り残業 使用者が残業を認識しつつ黙認・許容していた場合には労働時間性が認められる可能性あり。
    ⑤その他 研修等 その研修内容や受講経緯などによって、上記1①②の基準で労働時間性を判断。
  5. いずれの事案も、問題となる時間が「労働時間」に該当し時間外手当等が発生するのか否かは、個別具体的な事情によります。詳しくは弁護士にご相談ください。

以上の記事に関するご不明点その他労務問題に関するご相談は、中小企業・個人事業主の法的支援を扱う「東京弁護士会中小企業法律支援センター」の相談窓口まで、お気軽にお問い合わせください。

また,労働時間管理に関する注意点については,こちらの動画コラムのNO.5,NO.10~12でも解説をしておりますので,こちらも一緒にご覧ください。

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