経営お役立ちコラム

2024.03.22 【労務】

みなし残業代を支払っても、残業代を支払わなければならない?

弁護士 井上 武也

Q.
弊社では、従業員に対し、給与と併せて15時間分の「みなし残業代」を支払っています。ところが、従業員のAさんから、先月は20時間残業したとして、残業代を請求されました。みなし残業代の支払に加えて、Aさんに残業代を支払う必要がありますか?
A.
みなし残業代を払っていても、みなし残業を超えた時間分の残業代は支払う義務があります。また、みなし残業代制度が有効か否かの問題があり、仮にみなし残業代制度が無効と判断された場合、①みなし残業代として支払った金額が通常の労働時間相当部分の支払となり残業代支払がないとされ,②支払うべき残業代は,「みなし残業代」も通常の労働時間相当分に組み込んで算定されるため、金額が多額となり、いわゆる「ダブルパンチ」となるおそれがあります。

解説

  1. みなし残業代(固定残業代)とは、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる賃金です。みなし残業代は、「一定時間分」の残業代であるため、みなし残業代制度を導入したとしても、「一定時間分」を超えた部分については、追加で残業代を支払う義務があります。
  2. また、そもそも会社が主張するみなし残業代の支給が割増賃金の支払として認められるか、みなし残業代規定の有効性自体が問題とされることもあります。仮に、割増賃金として認められなかった場合、みなし残業代の支払は通常の労働時間相当分の支払となり、残業代を支払わなかったことになります。加えて、会社がみなし残業代として支払ったと主張する部分の金額が、支払うべき割増賃金を計算するときの算定の基礎、すなわち通常の労働時間相当分の賃金に組み込まれて計算されることになり、支払うべき残業代が多額になる可能性があります。
    1. (1) みなし残業代の支給方法として、①「業務手当」などの名称を使用した手当支給型と②基本給に組み込まれている基本給組込型がありますが、どちらの方法であっても、みなし残業代規定の有効性は問題となります。
    2. (2) この点、裁判例では、①基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分され、②割増賃金にあたる部分が労基法所定の計算方法による額を上回る場合に、みなし残業代規定を有効と認めています。
      さらに最近の最高裁判例は、「手当」が割増賃金にあたる部分といえるには、そもそも当該賃金部分が時間外労働の対価として支払われたものといえること(対価性)が必要で、その判断は「雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべき」としています(日本ケミカル事件最高裁判決)。
  3. 本件では、みなし残業代の支払に加え、超過分の5時間分の残業代については、支払う義務があります。
    また、そもそも貴社のみなし残業代規定が有効か否か争われ、無効と判断されたときは、残業代として支払った部分も残業代の支払とは認められず、高額な残業代を支払わなければなりません。
    今後、同様のトラブルを避けるため、貴社のみなし残業代規定が有効と言えるのか、確認しておくべきでしょう。

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